雑記 雑感 エトセトラ

日々、思考回路を暴走中。

CROSS ROADとぎっくり腰と夫婦の破たんとあれやこれ

妹がひまわりのピアスをくれた。かわいいので真冬だけどつけている。

真冬のひまわり。

季節感はないけど、クロスロード感があって気に入っている。

youtu.be

わたしは昔から、爆発的に流行している音楽というか、「みんなが好きで当たり前」みたいなアーティストに対してなぜか冷めてしまうところがあって、ドリカムとミスチルになじめないまま大人になってしまった。ミスチルは、『CROSS ROAD』のときと、『イノセントワールド』が出た頃までは好きだったのに、そこから急激に興味がなくなり、結局この2曲しかよく知らない。でも、この2曲は、すごく好き。

 

長年、深く考えずに聴いてきたけど、こないだふと歌詞が気になった。

「誘惑に彩られた一度だけの誤ちを今も君は許せぬまま暮らす毎日」

一度「だけ」のあやまちで、大切な人をなくしたの?そんなことって、あるのかな。

 

少し前に整体師の友だちがしてくれた話を思い出した。

「ぎっくり腰の原因のほとんどは、それまでの疲労の蓄積」

「ぎっくり腰は、何気ない動作で引き起こされるけど、その動作だけが原因でなるわけじゃない。むしろその動作そのものには、ほとんど意味はない」

 

表面張力の限界まで水が入ってるコップに、ほんの1滴しずくを垂らしただけでも、水があふれてしまうのと同じなのかなあと思った。

最後の一撃が大きかろうと小さかろうと、限界を超えることには変わりない。

 

ああ、わたしと夫の関係が破たんしたのも、これに似てるなあと思った。

離婚を考えるきっかけになった出来事、そのとき夫のとった行動、それだけが問題なんじゃない。そのときすでに、わたしのがまんの蓄積は限界まで達してた。だから、あのとき起きた出来事が、ほかのことでも同じだったんだと思う。もっとささいな出来事でも、きっと限界を超えた。

 

夫は「たった一度の過ちで妻に愛想をつかされた」と思ってるのかもしれない。でも、それは間違ってる。ぎっくり腰と同じ。

今思えば、きっかけとなった出来事自体には、ほとんど意味はない。

 

で、だいぶそれてしまったけど、桜井さんは、「一度だけ」何をしたんだろう。

オバチャンの勝手な予想だけど、「一度だけ」の何かは、別れを決意するきっかけであって、きっとほかにも理由があったんだと思うよ。

 

でも、この歌詞にある、「もう戻らない でも忘れない」って、すてきなことだなあと思う。別れても、その存在にありがとうって思えてるというか、あたたかい思い出として、心に明かりをともしてくれている感じ。「真冬のひまわり」っていう表現も、まさにそんな感じ。

 

ちなみに、こう見えてわたしも、夫には感謝している。結婚生活の中で学んだことや気づいたことは、わたしの糧になっているから(あたたかい思い出にはなりそうにないけど)。

大切なもの、大切なこと、自分らしい自分。夫と出会わなければ、死ぬまで気づかなかったかもしれない。

 

今年で夫と知り合って10年。今は、10年学んだ学校を卒業する学生のような気分。

話し合いはなかなか進まないけど、今年が、わたしにとっても、夫にとっても、「新たなる道を行く」決断の年になればいいな。このゴタゴタを平成の置き土産として、心あらたに、次の時代に進みたい。

 

ま、今年は下鴨神社のおみくじがすごいことを言ってくれてるし、きっといいことがあるに違いない。こういうときだけ神様を信じる、都合のいいわたし。

f:id:el_girasol:20190117122602j:plain
「のぞみ通り」って言われても、どんなのを望めばいいのかわからん(笑)