雑記 雑感 エトセトラ

日々、思考回路を暴走中。

細胞愛

大阪自然史博物館で見つけたプランクトン柄クリアファイルが素敵すぎて、運命買い(※)をしてしまった。

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※「運命買い」:出会ってしまったからには買うしかない、出会えたことに運命を感じるものを買うこと。衝動買いの言い訳。

 

シンプルかつ美しいデザイン。ルイヴィトンが見たらモチーフとして採用してもおかしくないと思う。

 

個人的にはミジンコみたいな多細胞のプランクトンはそこまで好きじゃない。わたしは単細胞のやつが好き。高等なものほど複雑で、すごい機能をもってるけど、そんなことはどうでもいい。

単細胞生物の美しさには負ける。単細胞生物は細胞が一個しかないぶん、デザインがシンプルで、機能も工夫されてると思う。

 

とはいえ、自分を含め、多細胞生物も細胞レベルでは悪くはないと思う。多細胞生物って、全体的な形態は凝りすぎてもっさりしてるけど(わたしの個人的な感想だけど)、高度に機能に特化した細胞たちは美しいと思う。こういうやつ↓

カラー版 細胞紳士録 (岩波新書)

よくこんないろんな細胞が生まれたなあと思う。進化は偶然の産物だと理解していても、本当は神様が作ったんじゃないかと思うときもある。 

 

生物って本当にすごいと思う。自分の体にも敬意を抱く。

どんなにすごい科学者でも、「ごはんとみそ汁から人間を作ってみよう」ってチャレンジして、できた人なんていないと思う。

でも、わたしの体にはそれができる。わたしの食べた物から集めた栄養で、わたしの体の細胞を作り、古い細胞と入れ替えて、わたしを更新していく。

 

高等な頭脳をもった人間でも作れないものを、細胞(細胞というか、組織というか器官というか)は作れる。熱も光も劇薬もいらない。コンピュータもいらない。

 

ひとつひとつの細胞に意思はない。その細胞たちの機能を統合して、協調させ、バランスをとっているものが、これまた神経細胞という細胞たちだと思うと、人間なんて、細胞の乗り物でしかない気がしてくる。

 

そしてこの思考も細胞が…!とか考えてしまい、無限ループにはまるのでした。

 

ちなみにタイトルは、大江千里がメリーゴーランドで死ぬことで有名な『十年愛』にかけました。かけるもなにも、細胞を愛しているという事実そのままな気もするけど。